大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所 昭和61年(ワ)2号 判決

甲事件原告・乙事件被告

村松きみ

甲事件原告・乙事件被告

村松保一郎

乙事件被告

仲田武久

右三名訴訟代理人弁護士

小長井良浩

葉山岳夫

有賀信勇

西村文茂

甲事件被告・乙事件原告

島田市

右代表者市長

加藤太郎

甲事件被告

和田洋巳

甲事件被告

岡崎俊朗

右三名訴訟代理人弁護士

平沼高明

堀井敬一

西内岳

右三名訴訟復代理人弁護士

木ノ元直樹

主文

一  甲事件について

1  被告らは、連帯して、原告村松きみに対し、三四七九万〇九二〇円、原告村松保一郎に対し、二二〇万円及びこれらに対する昭和五八年一二月二九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

4  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

二  乙事件について

1  被告らは、原告に対し、連帯して、二三二〇円を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、原告の負担とする。

4  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(甲事件)

一  請求の趣旨

1 被告らは、連帯して、原告村松きみに対し、四八一九万六五四〇円、原告村松保一郎に対し、七一三万円及び右各金員に対する昭和五八年一二月二九日から支払ずみに至るまで年五分の割合の金員をそれぞれ支払え。

2 訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告らの各請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、原告らの負担とする。

(乙事件)

一  請求の趣旨

1 被告らは、連帯して、原告に対し、一六八万〇二二〇円及びこれに対する昭和五八年一二月二九日から支払ずみに至るまで年五分の割合の金員を支払え。

2 訴訟費用は、被告らの負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する認否

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

以下、甲事件原告・乙事件被告村松きみを「原告きみ」と、甲事件原告・乙事件被告村松保一郎を「原告保一郎」と、甲事件被告・乙事件原告島田市を「被告島田市」と、甲事件被告和田洋巳を「被告和田」と、甲事件被告岡崎俊朗を「被告岡崎」と、乙事件被告仲田武久を「被告仲田」と、それぞれいう。

(甲事件)

一  請求原因

1 当事者

(一) 原告きみ(大正一二年一二月二六日生)は、昭和五七年七月一四日、島田市民病院(以下「市民病院」という。)において、気管支動脈塞栓術(以下「エンボライゼイション」という。)の施術を受けた。

(二) 原告保一郎は、原告きみの長兄であるが、原告きみの両親がなくなった昭和三二年七月八日以降は、単身の原告きみと同居し、庇護してきた。

(三) 被告島田市は、市民病院を設置している。

被告和田は、昭和五七年七月一四日当時、市民病院呼吸器科医長であった。

被告岡崎は、昭和五七年七月一四日当時、市民病院呼吸器科医師であった。

2 原告きみの診察の経過及び障害の発生

(一) 原告きみの病歴

原告きみは、一五才の時に肺結核に罹患し、高木医院、静岡県榛原郡川根町の鈴木医院の鈴木金作医師(以下「鈴木医師」という。)の診療を受けてきた。

(二) 原告きみの第一回目の入退院の経過

(1) 原告きみは、昭和五六年八月七日に血痰をみたため、同月一〇日、鈴木医師の紹介で、市民病院呼吸器科で診察を受けたが、その後、また、翌五七年三月三日に血痰、翌四日に喀血を見たので、同月一一日、市民病院呼吸器科へ入院した(以下「第一回入院」という。)。

(2) 市民病院では、神頭徹医師(以下「神頭医師」という。)が、原告きみの主治医となった。

(3) 原告きみは、入院時、L―TB(左肺結核)、血痰の診断を受けたが、入院中喀血はなく、その症状は軽快し、同年四月一二日、退院した。

(4) 神頭医師は、原告きみが入院中、気管支動脈造影を含む検査を実施し、陣旧性肺結核による気管支拡張症による出血と診断したうえ、入院後血痰もなく、エンボライゼイションを行っても再疎通の可能性もあることを考慮して、当該施術を行う必要がなく、経過観察でよいと判断して、右退院を決定したものである。

退院に際し、神頭医師は、原告きみに対し、通常作業やゲートボール、山登りなどのスポーツもできると言い、一般人と変わらない生活が可能であると指示した。

(三) 原告きみの退院後及び再入院中の経過

(1) 被告和田は、原告きみに連絡して、市民病院に来院することを勧めたうえ、昭和五七年四月一九日、五月一〇日及び同月二四日、市民病院呼吸器外来において、原告きみを診察したが、その際、特に血痰症状を認めなかったものの、原告きみに対し、エンボライゼイションの施術及びそのための入院を執拗に勧め、特に、同月二四日には、被告和田の転任を控え、七月の入院を執拗に勧めた。

(2) 被告和田は、昭和五七年六月九日、市民病院呼吸器外来において、原告きみを診察したところ、その際、特に血痰症状が認められなかったが、原告きみに対し、エンボライゼイションの施術を勧めたので、原告きみが、「今勧められている手術については、一か所を詰めても他から出血するのではないか。」と尋ねたところ、「心配は僕らがする。貴方は安心して全てをまかせなさい。」と述べたのみで、エンボライゼイションの適応及び副作用に関しては、なんら説明しなかった。

(3) 被告和田は、昭和五七年六月三〇日、市民病院呼吸器外来において、原告きみを診察した際、薬物投与を不要と決定しながら、同時に原告きみに対するエンボライゼイションの施術も決定した。

(4) 被告和田は、昭和五七年七月七日、原告きみを、エンボライゼイションの施術のため、市民病院に入院させた(以下「第二回入院」という。)うえ、原告きみに対し、主治医を被告岡崎とする旨伝えた。被告岡崎は、同日、原告きみに対し、エンボライゼイションについて説明したが、その適応及び副作用については、なんら説明はしなかった。

(5) 被告和田は、昭和五七年七月一三日、原告きみの病室において、原告きみに対し、「心配ないですよ。」と述べたが、エンボライゼイションの適応及び副作用については、なんら説明をしなかった。

(四) 原告きみに対するエンボライゼイションの施術

(1) 被告和田は、昭和五七年七月一四日、市民病院呼吸器科医長として、同病院研修医被告岡崎に対し、主治医として、原告きみに対し、エンボライゼイションを施術することを命じた。

なお、この時点で、被告和田及び被告岡崎は、原告きみに対する気管支動脈造影は行っておらず、第一回の入院の際行った造影の結果によっては、右肺の上葉付近であるという以上に、明瞭な出血部位の特定はできていなかった。

(2) 被告岡崎は、原告きみに対し、セルジンガー法によって、右大腿動脈から、ミカエルソンカテーテルを挿入し、右の第五肋間あたりの肋間動脈と気管支動脈の分岐点のはるか手前に、ゲルフォームパウダーを溶解した溶液を注入する方法で、エンボライゼイションを施術したところ、誤って、脊髄動脈を塞栓し、脊髄に虚血を生じさせた。

(五) 原告きみの障害

原告きみは、右脊髄の虚血によって、ブラウンセカールド症候群を呈し、両下肢機能に著しい障害が生じ、障害等級二級のまま固定し、回復不能である。

3 被告和田及び被告岡崎の過失

(一) エンボライゼイションの適応に関する準則の違反

(1) エンボライゼイションの意義・副作用等及び適応

エンボライゼイションとは、セルジンガー法で、股動脈より挿入したカテーテルによって気管支動脈を造影したうえ、細切りにしたスポンゼルを食塩水に溶解した液をカテーテル内に注入して、気管支動脈を塞栓して止血する治療法である。

しかし、この術式及びこれを行うために施術する気管支動脈造影術は、気管支動脈ないし肋間動脈と脊髄動脈が同一根の場合においては脊髄動脈を直接損傷する危険があり、また、気管支動脈や肋間動脈から分岐している脊髄への連絡枝を損傷することによって、間接的に脊髄を損傷する危険もあり、これらによって生じた脊髄損傷によって重篤な合併症を起こす危険がある。特に、気管支動脈より脊髄動脈が分岐している者に対して、エンボライゼイションを実施すると、直接脊髄動脈を塞栓する結果となり、脊髄損傷をひき起こすことになるので、医学上禁忌とされている。

また、この方法を実施しても、一旦塞栓した血管が経過によっては再疎通するということなどが起り得るから、永続的に止血を保障する手段とはいえず、特に、気管支拡張症等で気管支動脈が増殖している場合には、再疎通の可能性は高い。

したがって、エンボライゼイションは、現に喀血した際の緊急治療であり、現実に喀血を繰り返したり、少なくとも、一日三回以上の血痰が一か月以上続く等の症状がある等によって、生命を脅かすような大量喀血の危険があると認められ、かつ、手術ができない症例に限定して行うべきであるとされている。

(2) 原告きみに対するエンボライゼイションの適応の有無

エンボライゼイション施術当時、原告きみの結核は、喀血がみられず鎮静化しており、それを理由とする喀血のおそれはなく、気管支拡張症についても、喀血及び血痰は鎮静化していたのであるから、大量喀血の危険はなかったものであって、エンボライゼイションを施術する適応はなかった。

(3) 被告和田及び被告岡崎の責任

そうであるのに、被告和田及び被告岡崎は、原告きみに適応があると決定し、被告岡崎において原告きみに対しエンボライゼイションの施術をしたものであって、医師としての注意義務に違反した。

(二) 原告きみに対する説明義務違反及び施術に関する同意の瑕疵

医師と患者の間に伴う診療契約が存する場合においても、患者に特別の危険を伴う診療行為を行うにあたっては、応急の場合その他特段の事情がある場合を除き、原則として患者の個別の承諾を必要とし、その承諾を得るについては患者が右診療行為に伴う危険を認識し又は当然認識すべき場合を除いては、これに先立ち、医師が危険及びその治療の効果等の説明を与えることを要するというべく、右のような説明をしないで得た承諾は、有効な承諾とはいえず、かかる承諾のもとになされた診療行為により患者の生命身体を害したときは、不法行為ないし債務不履行が成立すると解すべきであるところ、エンボライゼイションは、前記のように、脊髄損傷という危険を伴う治療行為であるから、その説明のない以上、形式的に患者の承諾が存在しても、それは有効とはいえないものである。

そして、前記のように、被告和田及び被告岡崎を始めとする市民病院の医師は、いずれも、原告きみに対し、エンボライゼイションの適応、副作用ないし合併症及び再疎通の可能性等に関し、なんらの説明をせず、かつ、被告和田は、原告きみに対し、エンボライゼイションの施術にはなんの心配もない旨述べて、その施術を執拗に勧めた。そこで、原告きみは、エンボライゼイションには、なんらの副作用も存在せず、永久的に喀血及び血痰は生じなくなると信じて、その施術に同意したものであるから、原告きみの右同意には、重大な瑕疵があり、有効とはいえない。

そうであるのに、被告和田及び被告岡崎は、原告きみに適応があると決定し、被告岡崎において本件エンボライゼイションの施術をしたものであるから、医師として説明義務等に違反したものである。

(三) 施術前検査の懈怠ないし施術方法の過誤

(1) 被告和田及び同岡崎は、医師として、エンボライゼイションの施術に際しては、気管支動脈を塞栓するため注入した塞栓物質が前脊髄動脈ないし脊髄枝等を塞栓するならば、脊髄損傷の副作用による重篤な合併症を生ずるおそれがあるのであるから、術前のエンボライゼイション施術に関する知見、患者の既往歴、血管分布を精査し、合併症を予見回避すべき業務上の注意義務がある。

即ち、具体的には、

① 脊髄動脈が気管支動脈ないし肋間動脈から派生していれば、エンボライゼイションの施術は禁忌であるから、気管支造影を行って、脊髄動脈が気管支動脈ないし肋間動脈から派生していないか否かを確認する必要がある。

② そのうえで、塞栓する位置を限定するため、出血部位を特定する必要がある。

③ 塞栓物質としては、脊髄に連なる微細な血管にまで容易に流入するゲルフォームパウダーの使用を避けるため、スポンゼルを1〜2ミリメートル立法に裁断した小片を用いなければならない。

④ 気管支動脈が肋間動脈と同根の場合には、肋間動脈から脊髄枝がでており、それが、脊髄に対して主な養分供給を行っている場合もあり、それを塞栓すると、脊髄自体に重篤な損傷をきたす場合もあるので、特に、脊髄のD4〜D6の間の高さの肋間動脈の塞栓は、原則として避けるべきである。

⑤ これらの各要件を満たした後にも、カテーテルの挿入については、挿入が不完全であれば、肋間動脈を通じて、脊髄枝を塞栓する危険があるので、充分血管の末梢まで進入させる必要がある。

⑥ また、造影剤注入の際には、造影剤を主として、肋間動脈ではなく、気管支動脈に注入されることが可能なダブルカテーテル法を用いることが必要である。

(2) そうであるのに、前記のように、被告和田及び被告岡崎は、第二回入院時に、術前に気管支造影を行うことなく、第一回入院の際の気管支造影を用いたのみで、脊髄動脈が気管支動脈ないし肋間動脈から派生していないかどうかについては何ら検討せず、出血部位の点についても、右肺上葉部という特定がされただけでそれ以上の特定はせず、塞栓物質としてはゲルフォームパウダーを用いたうえ、特に、危険部位である脊髄の第五肋間を塞栓し、カテーテルも、肋間動脈と気管支動脈の分岐点のはるか手前までしか進入させず、造影剤注入の際にダブルカテーテル法を用いることもなかったものであって、前記の①ないし⑥の注意義務にことごとく違反したものであるから、エンボライゼイションの施術方法に過失がある。

4 被告らの責任

(一) 被告和田及び被告岡崎

被告和田及び被告岡崎は、前記のように、医師としての注意義務を怠り、原告きみに障害を負わせたものであるから、同被告らの行為は不法行為に該当し、それによって生じた損害について賠償する責任を負う。

(二) 被告島田市

原告きみは、昭和五七年七月七日、被告島田市との間で、原告きみの症状を正しく診断し、これに対する適切な治療行為を行う旨の診療契約を締結したものであるが、被告島田市の履行補助者である被告和田及び被告岡崎は、前記のように、医師としての業務上の注意義務ひいては診療契約上の義務を怠り、原告きみに障害を負わせたものであるから、被告島田市は、原告きみに対し、債務不履行に基づき、それによって生じた損害について賠償する責任を負う。

また、そうでなくとも、被告島田市は、前記不法行為をなした被告和田及び被告岡崎の使用者であって、前記不法行為は、被告島田市の設置する市民病院の業務に関して行われたものであるから、民法七一五条によって、原告きみに対し、前記不法行為によって生じた損害について賠償する責任を負う。

また被告島田市は、同様に、原告保一郎に対しても、民法七一五条によって、前記不法行為によって生じた損害について賠償する責任を負う。

5 原告らの損害

(一) 原告きみの損害 四八一九万六五四〇円

(1) 入院治療に伴う損害 六五三万二〇〇〇円

① 休業損害 三三四万五〇四一円

賃金センサスによって、再入院した昭和五七年七月七日以降退院した昭和五八年一二月二八日までの五四〇日分

二二六万一〇〇〇円÷三六五日×五四〇日=三三四万五〇四〇円

② 付添人費用 二六四万六九六〇円

エンボライゼイションを施術した昭和五七年七月一四日から退院した同五八年一二月二八日までの五三四日分

近親 三七〇〇円×五三四日=一九七万五八〇〇円

近隣 二〇四〇円×三二九人=六七万一一六〇円

③ 入院雑費

前記の入院期間五四〇日分

一〇〇〇円×五四〇日=五四万円

(2) 後遺障害に伴う損害 一六六六万四五四〇円

① 装身具代 五万一二四〇円

② 住居改造費 二〇〇万円

③逸失利益 一四六一万三三〇〇円

基礎とすべき収入は賃金センサスにより、稼働可能期間は退院から六七才までとし、中間利息の控除は新ホフマン方式による。

226万1000円×100%×6.4632=1461万3300円

(3) 慰藉料 二〇〇〇万円

(4) 弁護士費用 五〇〇万円

(二) 原告保一郎の損害 七一三万円

(1) 慰藉料 五〇〇万円

(2) 諸経費 一〇〇万円

(3) 弁護士費用 一一三万円

6 結語

よって、原告きみは、被告島田市に対し、主位的には民法四一五条に基づき、予備的には、同法七一五条一項に基づき、被告和田及び被告岡崎に対しては、同法七〇九条に基づき、連帯して、四八一九万六五四〇円、原告保一郎は、被告島田市に対し、同法七一五条に基づき、被告和田及び被告岡崎に対しては、同法七〇九条に基づき、連帯して、七一三万円及び右各金員に対する債務不履行ないし不法行為の後であることの明らかな昭和五八年一二月二九日から支払ずみにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1(一) 請求原因1(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は知らない。

(三) 同(三)の事実は認める。

2(一) 同2(一)の事実は知らない。

(二)(1) 同2(二)(1)のうち、原告きみは、昭和五六年八月一〇日から市民病院で診療を受け、翌五七年三月一一日、市民病院呼吸器科に入院した事実は認め、その余の事実は知らない。

(2) 同2(二)(2)の事実は認める。

(3) 同2(二)(3)のうち、原告きみの症状が入院中軽快した事実は否認し、その余の事実は認める。

(4) 同2(二)(4)のうち、神頭医師は、原告きみが入院中、気管支動脈造影を含む検査を実施し、陣旧性肺結核による気管支拡張症による出血と診断した事実、原告きみには入院後血痰がなかった事実、退院に際し、ゲートボールもできると言った事実は認め、その余は否認する。

なお、L―TBは、左肺結核ではなく、肺結核の意味である。

(三)(1) 同2(三)(1)のうち、被告和田は、昭和五九年四月一九日、五月一〇日及び同月二四日、市民病院呼吸器外来において原告きみを診察した事実、その際原告きみには血痰症状が認められなかった事実、被告和田は、原告きみに対し、エンボライゼイションの施術及びそのための入院を勧めた事実は認め、その余の事実は否認する。

(2) 同2(三)(2)のうち、被告和田は、同年六月九日、市民病院呼吸器外来において原告きみを診察した事実、その際原告きみには血痰症状が認められなかった事実、被告和田は、原告きみに対し、エンボライゼイションの施術を勧めた事実は認め、その余の事実は否認する。

(3) 同2(三)(3)のうち、被告和田は、同月三〇日、市民病院呼吸器外来におい、原告きみを診察した事実、その際薬物投与を不要と決定した事実は認め、その余の事実は否認する。

なお、エンボライゼイションの施術を決定したのは、原告きみであって、被告和田ではない。

(4) 同2(三)(4)のうち、原告きみは、昭和五七年七月七日、エンボライゼイションの施術のため、市民病院に入院した事実、被告和田は、原告きみに対し、主治医が被告岡崎とする旨伝えた事実、被告岡崎は、原告きみに対し、エンボライゼイションについて説明した事実は認め、その余の事実は否認する。

(5) 同2(三)(5)の事実は認める。

(四)(1) 同2(四)(1)の事実は認める。

(2) 同2(四)(2)のうち、被告岡崎は、セルジンガー法によって、右大腿動脈からミカエルソンカテーテルを挿入し、ゲルフォームを注入した事実は認め、その余の事実は否認する。

(五) 同2(五)のうち、原告きみは、ブラウンセカールド症候群を呈していた事実は認め、その余の事実は知らない。

3(一)(1) 同3(一)(1)のうち、エンボライゼイションとはセルジンガー法であって、カテーテルによって気管支動脈を造影したうえ気管支動脈を塞栓して止血する治療法である事実、エンボライゼイションの施術によって脊髄損傷をひき起こす危険がある事実、エンボライゼイションの施術によって一旦は塞栓した血管が経過によっては再疎通することがある事実は認め、その余は争う。

(2) 同3(一)(2)のうち、原告きみに喀血がみられなかった事実は認め、その余の事実は否認する。

(3) 同3(一)(3)は争う。

(二) 同3(二)は争う。

(三)(1) 同3(三)(1)の柱書の事実は認める。同①は認める。同②は認める。同③は認める。同④は争う。同⑤は認める。同⑥は争う。

(2) 同3(三)(2)のうち、出血部位については、右肺上葉という特定がされただけである事実、被告岡崎がダブルカテーテル法を用いなかった事実は認め、その余は争う。

4 同4(一)、(二)は争う。

5 同5は争う。

6 同6は争う。

三  被告らの主張

1 エンボライゼイションの適応

(一) 肺結核は、新鮮例における空洞からの喀血のみならず、陣旧病巣からの喀血もしばしば見られ、特に気管支動脈破綻による出血では大喀血を来すことが知られている。そして、このように、喀血量の多いときには、それによって窒息を起こすおそれがあり、あるいは低酸素血症さらには出血性ショックに陥ることがあり、死の危険があるものである。また、喀血の量が少なくとも、患者の恐怖感は強く、したがって、喀血のおそれがあるときには、早期に適切な処置をとることが必要であるとされている。

(二) そして、原告きみは、昭和一五年に肺結核に罹患しており、昭和四〇年に血痰が出たため、昭和四〇年一一月から同四一年三月までの間市民病院に入院したうえ、昭和五六年八月に喀血があって同病院で受診した際、強度の貧血が指摘されており、昭和五七年三月三日にさらに血痰があり、翌同月四日に喀血があり、同八日まで血痰が持続し、第一回入院中に行った気管支造影及び気管支動脈造影の結果右側に高度の気管支拡張症と著明な気管支動脈の増生、拡張、蛇行が認められたのであるから、陣旧性肺結核による気管支拡張症による喀血、なかんずく、大喀血の蓋然性が高く、原告きみも喀血の不安を訴えたため、再喀血の予防のための対策が必要とされた。そして、その予防のための対策としては、外科的手術、薬物療法及びエンボライゼイションが考えられたが、結核病巣がかなり年月を経過したものであるため、外科的手術の危険性は高く、薬物療法では効果が少なく根治を求め得ないところから、エンボライゼイションがもっとも適切であるとの判断に至った。

(三) また、エンボライゼイションは、大喀血が現にある場合、そのおそれが認められる場合で手術適応にない症例(肺機能が悪いなどの理由から手術によることが危険な症例)に非常に有用、有益な方法であったが、その他、血痰、喀血であってもこれが持続し患者が不安を訴える場合、患者が手術を拒否した場合、血痰、喀血の原因となる気管支拡張症が認められ、十分内科的治療でコントロール可能な場合等において、血痰、喀血を予防する対策としてなされ、非常に有効であったとする報告例が多数あるので、仮に、原告きみに大喀血のおそれがなかったとしてもエンボライゼイションの適応はあった。

(四) 市民病院呼吸器科においては、各患者の治療方針については、全医師による臨床討議を経て決定しているのであって、右エンボライゼイションの適応及び原告きみへの実施もその臨床討議によって定まったものである。

2 説明義務

(一) 神頭医師は、昭和五七年三月の第一回の入院時、被告岡崎は、同年四月一九日、同年五月一〇日、原告きみの第二回の入院の日である同年七月七日、原告きみに対し、エンボライゼイションの適応、施術方法及び副作用について説明し、原告きみは、その説明を前提として、その意思でエンボライゼイションの施術を決めたものであるから、被告和田及び被告岡崎には説明義務の違反はない。

(二) 家族については、原告きみが家族を来院させなかったこと、原告きみが成人であること、家族への遠慮があるかもしれないと配慮したこと、原告きみがエンボライゼイション施術の同意書を持参したことから、家族への説明は不必要と判断し、説明しなかったものであって、この判断は正当である。

3 エンボライゼイションの施術方法

(一) 前脊髄動脈についての検討

被告らは、第一回入院の際に、原告きみの気管支動脈造影を行って気管支動脈から前脊髄動脈が分岐していないことを確認し、さらに、第二回入院の際に、右の写真により再度右動脈のないことを確認するとともに、エンボライゼイションの施術に際しても、その直前及び施術中、被告和田、被告岡崎及び近藤医師が造影モニターにて右動脈の存否について検討のうえ、その存在しないことを確認しており、また、第一回入院時の気管支動脈造影の際に、原告きみの下腿、下肢に疼痛、知覚異常は認められず、かつ、エンボライゼイション施術時における造影剤の注入の際に疼痛、知覚異常などの異常反応は認められず、したがって、右動脈の存在しないことを確かめており、さらに、被告和田は、原告の再入院の当初から右動脈に注意するように原告きみのカルテに記入して、自己をはじめとする医療関係者に常に注意を促していたのである。このように被告らは、原告きみの前脊髄動脈の気管支動脈からの分岐について細心最大の注意を払っていたものである。

(二) 出血部位の特定

被告和田及び被告岡崎は、原告きみの左気管支動脈はほぼ正常所見であるのに対し、右気管支動脈には高度の拡張、蛇行、増生が認められることから、右上葉を出血部位と確定・同定したのであって、喀血治療としてのエンボライゼイションを行うにしては、それで、必要かつ充分である。

(三) 塞栓物質

被告岡崎が、エンボライゼイションの塞栓物質として使用したのは、ゲルフォームを一ミリメートル立法に裁断した小片であり、これを造影剤である六五パーセントアンキオグラフィンに混ぜて用いた。

(四) 塞栓位置

被告岡崎が塞栓した気管支動脈からは第二と第三肋間動脈しか共通根で分岐しておらず、したがって、第四ないし第六肋間動脈は塞栓していない。

また、被告岡崎は、塞栓に際し、カテーテルをできるだけ末梢側へ進めていた。

(五) ダブルカテーテル方法

この方法で、内腔側を通すことができるのは液体であって、ゲルフォームの細片を通すことは不可能であって、少なくとも、被告らは、昭和五七年七月当時、喀血の治療であるエンボライゼイション施術が成功した報告例を知らない。

四  被告らの主張に対する認否・反論

1(一) 被告の主張1(一)の事実は認める。

(二) 1(二)のうち、原告きみが昭和五六年八月に喀血した事実以外の事実は認め、その余の事実は否認する。

(三) 1(三)は争う。

(四) 1(四)の事実は否認する。

2(一) 同2(一)の事実は否認し、その主張は争う。

(二) 同2(二)の事実のうち、原告きみがエンボライゼイション施術の同意書を持参した事実は認め、その余の事実は否認し、その主張は争う。

3(一) 同3(一)のうち、第一回入院の際、原告きみの気管支動脈造影が行われた事実は認めるが、その余の事実は否認し、その主張は争う。

(二) 同(二)の事実は否認し、その主張は争う。

(三) 同(三)の事実は否認する。

(四) 同(四)の事実は否認する。被告岡崎は、第五肋間あたりにある動脈を塞栓してしまった。

(五) 同(五)の事実は否認する。

昭和五七年七月当時、ゲルフォーム細片を用いて塞栓のためにダブルカテーテル方法を実施した報告例もあった。

(乙事件)

一  請求原因

1 被告島田市は、市民病院を開設しているものであるが、昭和五七年七月七日、原告きみとの間で、同病院において、原告きみの陣旧性肺結核による気管支拡張症の治療として、エンボライゼイションの施術をするための診療契約を締結した。

2 被告仲田は、右同日、被告島田市との間で、右診療契約によって原告きみが負担する債務を保証する旨の契約を締結した。

3 原告保一郎は、右同日、被告島田市との間で、右診療契約によって原告きみが負担する債務を保証するため、身元引受する旨の契約を締結した。

4 右診療契約は、昭和五八年一二月二八日、原告きみが市民病院を退院したことによって終了したが、その間、市民病院の担当医師及び看護婦は、善良な管理者の注意をもって、右診療契約に基づき診療を行ったものであるから、被告島田市は、医療費を請求することができるものというべく、右診療契約から生じた医療費は、次のとおり、一六八万〇二二〇円である。

(一) エンボライゼイションの実施関連費用

合計 一〇万九三一四円

(二) エンボライゼイション施術後の治療及び看護費用

合計 一四五万三八〇三円

(三) 結核に関する治療費用

合計 二三二〇円

(四) その他(退院延期後の診療費)

合計 一一万一七八三円

(五) 文書料

合計 三〇〇〇円

5 よって、被告島田市は、原告きみに対しては、診療契約に基づき、被告仲田に対しては、保証契約に基づき、原告保一郎に対しては、身元引受契約に基づき、各自一六八万〇二二〇円及びこれに対する昭和五八年一二月二九日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3の事実は否認する。

4 同4のうち、市民病院の担当医師及び看護婦が善良な管理者の注意をもって、右診療契約に基づく治療を行ったことは否認し、右診療契約から生じた治療費については知らない。

5 同5は争う。

三  抗弁

市民病院の院長島田恒治は、昭和五七年七月一五日、原告保一郎に対し、原告きみに対する医療過誤を認め、被告島田市が請求原因において主張する治療費を免除する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否・反論

抗弁の事実は否認する。

市民病院の院長島田恒治には、治療費を免除する権限はないので、そのような意思表示をするはずはない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

(甲事件)

一当事者

請求原因1(一)、(三)の事実については、当事者間に争いがない。

〈証拠〉によると、原告保一郎は、原告きみの長兄であるところ、原告きみが昭和一五年に結核に罹患したこともあって婚姻しなかったため、原告きみの出生以来現在まで原告きみと同居し、生計をともにしていることを認めることができる。

二エンボライゼイションの施術の経過

1  原告きみの病歴及び第一回入院の経過

(一) 請求原因2(二)(1)のうち、原告きみは、昭和五六年八月一〇日から市民病院で診察を受け、翌五七年三月一一日、市民病院呼吸器科へ入院した(第一回入院)事実、同(2)の事実、同(3)のうち、原告きみは、入院時、L―TB(肺結核)、血痰の診断を受けたが、入院中喀血はなく、同年四月一二日、退院した事実、同(4)のうち、神頭医師は、原告きみが入院中、気管支動脈造影を含む検査を実施し、陣旧性肺結核気管支拡張症による出血と診断した事実、原告きみには入院後血痰がなかった事実、退院に際し、神頭医師が、ゲートボールもできると言った事実については当事者間に争いがない。

そして、右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(1) 原告きみは、昭和一五年一月、結核に罹患したものの以降自宅で長期療養しており、昭和二七年から翌二八年にかけては三、四か月、投薬治療を受けたこともあったが、その後、めだった症状がでなくなったため、昭和三一年以降、原告保一郎の家業である醤油、味噌製造販売業や家事の手伝をするなどして暮らしてきた。

(2) 原告きみは、昭和四〇年夏ころ、血痰が出たため、同年一一月から翌四一年三月まで、市民病院に入院して治療を受けたが、その後、昭和五六年八月ころまでは喀血ないし血痰はなかった。

(3) 原告きみは、昭和五六年八月七日、家事手伝中二、三回血痰を見たので、鈴木医師の診断を受け、同医師の紹介で、昭和五六年八月一〇日から翌五七年一月一六日まで市民病院に通院し、投薬等の治療を受けたが、その際、結核菌が検出されず、血痰も二、三日で止まり、主な症状としては、貧血があったが、通院が終わった後も、昭和五七年三月ころまで、喀血ないし血痰の症状はなかった。

(4) 原告きみは、昭和五七年三月三日、血痰があるも、放置していたところ、翌四日、喀血をみたので、鈴木医院に通院し、注射、投薬等の治療を受けたが、同月八日まで血痰が持続したので、同月一一日、市民病院呼吸器科で受診したところ、喀血の原因を特定し、エンボライゼイションも含め、適切な治療を特定するための検査目的で入院することとなった(第一回入院)。

(5) 市民病院呼吸器科においては、神頭医師が、原告きみの主治医となり、原告きみは、神頭医師の診断を受けたが、入院時、結核及び血痰と診断された。

原告きみは、入院中の同月二七日に一回血痰があったが、他に喀血ないしはっきりとした血痰の症状はなかった。

(6) 神頭医師は、原告きみの入院中、気管支造影を含む諸検査を実施したところ、結核菌が検出されなかったが、肺右上葉の気管支が拡張し、微小血管の増生がみられたので、血痰の原因は、陣旧性肺結核に基づく気管支拡張症と診断した。そして、神頭医師は、肺結核については、活動期にないと判断したうえ、出血の予防については、まず、手術による出血部位の切除は、両肺に結核病巣があり、肺活量も不足しているので、切除後、肺の機能が不十分になるおそれがあるから、適応がないと判断し、次いで、エンボライゼイションについては、気管支造影の結果からすると、前脊髄動脈が認められなかったので、その点からは禁忌ではないが、血痰が鎮静化していること及びエンボライゼイションの施術をしても血管の再疎通の可能性があることを総合的に考慮し、今後、血痰が繰り返さない限り、必要がないと考えた。

(7) そこで、神頭医師は、原告きみに対し、右肺上葉部が結核の結果働いておらず、出血がひどければ、何か詰めて血流を止め、出血を防止する施術もあるが、今は必要ないとだけ述べて、それ以上は、エンボライゼイションの適応や副作用について説明することなく、翌四月一二日、原告きみを市民病院から退院させた。

(二)(1) なお、〈証拠〉中には、昭和五六年にも、原告きみが喀血した旨の供述があるが、〈証拠〉によると、前記のように、同年は、八月に数回血痰があったにすぎないと認められるので、右供述は、この事実に照らしたやすく採用することができない。

(2) また、〈証拠〉中には、神頭医師も、第一回入院当時、原告きみに対し、今後、血痰等の症状がなくとも、エンボライゼイションを実施すべきであるという考えをもっていたものである旨供述する部分があるが、右供述部分は、前記の原告きみの入院中に記載されたカルテである〈証拠〉中の神頭医師記載部分、即ち、「入院後血痰もなく、塞栓術は、再疎通もおこることも考えて、出血が瀕回に再発するようなら、その施行を考慮することにし、退院経過観察にする。」旨の記載に対比して、にわかに信用することができない。

(3) さらに、〈証拠〉中には、被告和田ないし神頭医師が、原告きみに対し、臨床検討会でエンボライゼイションの適応があると判定したこと、大喀血があると急死するのでエンボライゼイションをしておけばいいなどと説明した旨の供述があるが、右供述では、被告和田ないし神頭医師がいつ、どのような機会に原告きみに説明したかについては明確ではなく、極めて曖昧なものとなっていることと原告きみ本人尋問の結果に徴し、軽々に措信することができない。

2  原告きみの第一回入院退院後及び第二回入院の経過

(一) 請求原因2(三)(1)のうち、被告和田は、昭和五九年四月一九日、五月一〇日及び同月二四日、市民病院呼吸器外来において原告きみを診察した事実、その際原告きみには血痰症状が認められなかった事実、被告和田は、原告きみに対し、エンボライゼイションの施術及びそのための再入院を勧めた事実、同2(三)(2)のうち、被告和田は、同年六月九日、市民病院外来において原告きみを診察した事実、その際原告きみには血痰症状が認められなかった事実、被告和田は、原告きみに対し、エンボライゼイションの施術を勧めた事実、同2(三)(3)のうち、被告和田は、同月三〇日、市民病院呼吸器外来において原告きみを診察した事実、その際薬物の投与を不要と決定した事実、同2(三)(4)のうち、原告きみは、昭和五七年七月七日、エンボライゼイションの施術のため、市民病院に入院した事実、被告和田は、原告きみに対し、主治医が被告岡崎とする旨伝えた事実、被告岡崎は、原告きみに対し、エンボライゼイションについて説明した事実、2(三)(5)の事実については当事者間に争いがない。

そして、右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(1) 原告きみの姪である仲田かよ子は、原告きみが市民病院を退院した日の二日後である昭和五七年四月一四日、被告和田の命により、原告きみに電話し、被告和田が、原告きみに対し、勝手に退院してしまったが、出血を止めるための施術をする必要があるから、神頭医師の外来担当日でなく、被告和田の外来担当日に、市民病院呼吸器科に診察を受けに来るようにという趣旨のことを述べていた旨を伝えた。

(2) 原告きみは、右電話の前には、神頭医師の外来担当日に受診するつもりであったところへ、市民病院呼吸器科医長であって神頭医師の上司というべき立場の被告和田が、主治医であった神頭医師と異なった見解を前提として右のような指示を与えたので、困惑したが、被告和田も信頼していたので、とりあえず、右被告和田の指示どおり、被告和田の外来担当日に受診することにした。

(3) 原告きみが、同月一九日、市民病院呼吸器科を受診したところ、被告和田は、従来同様、結核が活動性である可能性も完全に否定しさることはできないので、結核に対する薬物を投与するとともに、原告きみにはそれまで血痰もなく、症状が安定していることを認めながらも、原告きみに対し、将来出血するおそれがあるので、その不安をなくすためには詰める必要があり、詰めれば必ず出血は止まる旨述べ、原告きみに対し、出血を止める施術及びそのための入院を勧めた。

(4) 原告きみが、同年五月一〇日、市民病院呼吸器科を受診したところ、被告和田は、原告きみに今回も血痰がなく、症状が安定していることを認めながら、再び、出血を止める施術及びそのための入院を勧め、原告きみが、家族が一か所を詰めても他から出血することをおそれている旨告げたのに対し、いろいろ検査したところ血管が一か所太くなっているので、そこを詰めれば必ず出血が止まると思うと返答した。

(5) 原告きみが、同月二四日と六月九日、市民病院呼吸器科で受診したところ、被告和田は、原告きみに血痰がなく、症状が安定していることを認めながら、再び、出血を止める施術及びそのための入院を勧め、被告和田が、同年八月に転勤の予定だったため、市民病院に勤務中に施術ができるよう夏までには入院するように勧めた。

(6) 被告和田は、右のように、原告きみに対し、出血を止める施術を勧めた際、その施術がエンボライゼイションであることやその施術の方法、脊髄損傷の危険等の合併症が起りうることについては一切説明せず、また、原告きみが、施術に耐えられるか、肺に刺激を与えると問題が生じないかという旨の質問に対しても、「心配ない、心配は僕らがする、あなたは安心して任せなさい。」などと述べ、原告きみに対しては重篤な副作用などはありえない安全な施術であるということを暗示して、その施術を勧めた。

(7) 原告きみは、当初は、神頭医師から出血を防止する施術などする必要がないと言われて退院したうえ、出血を止める施術をしても血痰が必ず止まるかどうか不安であり、また、施術による副作用もおそれていたので被告和田が勧める施術を受けることに消極的であったが、被告和田の度重なる勧めによって、原告保一郎等の家族とも相談した結果、被告和田の勧める施術、即ち、エンボライゼイションの施術をすれば、出血が必ず完全に止まるし、それによる重篤な副作用もないと考えたので、エンボライゼイションの施術を受けることを決めた。

(8) 原告きみは、同年六月三〇日、市民病院呼吸器科を受診したところ、被告和田が、原告きみに胃腸障害という副作用があったこと及び結核が活動性である確率は極めて低くなっていたことから、投薬を中止したほか、原告きみに今回も血痰がなく、症状が安定していることを認めながら、エンボライゼイションの施術及びそのための入院を勧めたので、七月七日、第二回入院をし、エンボライゼイションを実施することになった。

(9) 原告きみは、同年七月七日、市民病院呼吸器科に入院したが、被告和田は、主治医を被告岡崎と決めた。

被告岡崎は、同日、原告きみに対し、エンボライゼイションの施術のことについていろいろ説明したが、脊髄損傷の危険については一切説明せず、副作用については、痛みとか痺れが少しあるかもしれないが一般的な副作用であるから心配はいらない旨説明した。

なお、被告和田及び被告岡崎は、その後も、原告きみに対し、エンボライゼイション施術に伴う脊髄損傷などの危険について説明したことはなかった。

(二) 〈証拠〉中には、原告きみに対し、エンボライゼイション施術前に、その副作用である脊髄損傷についても説明したことがある旨の供述部分があるが、右供述部分は、〈証拠〉に照らし、たやすく信用できない。

3  原告きみに対するエンボライゼイションの施術

(一) 請求原因2(四)(1)の事実、同2(四)(2)のうち、被告岡崎は、セルジンガー法によって、右大腿動脈からミカエルソンカテーテルを挿入し、ゲルフォームを注入した事実は当事者間に争いがない。

そして、右争いのない事実に、〈証拠〉及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(1) 被告岡崎は、昭和五七年七月一四日、市民病院呼吸器科医長である被告和田の命により、主治医として、原告きみに対し、エンボライゼイションの施術をした。

原告きみについては、第一回入院時に気管支動脈造影が行われ、それによって、出血部位は、右肺上葉の特に気管支動脈が拡張した部分であろうと推定されていたので、被告和田及び被告岡崎は、それを前提として、右肺に伸びている気管支動脈の根元部分を塞栓することとしていた。

また、被告和田及び被告岡崎は、右造影結果によっては、前脊髄動脈が写っていないので、原告きみには前脊髄動脈が存在せず、したがって、脊髄損傷が生じることはありえないと判断していた。

(2) 被告和田は、当日外来の担当であったため、被告岡崎の施術室に立ち会えなかったが、施術室の外にある造影の結果が写るモニターで、被告岡崎の施術を見守っていた。

被告岡崎は、原告きみに対し、セルジンガー法によって、右鼠径部を麻酔したうえ切開し、そこから、大腿動脈を通じて、足で器具を操作して、カテーテルを挿入し、レントゲンで透視しながら、カテーテルの先端を肺右上葉の気管支動脈の根元の部分まで進め、そこでカテーテルを止め、造影物質及びそれに塞栓物質であるゲルフォームパウダーを溶かしたものを計一二シーシーを注入しようとし、一シーシーずつ徐々に注入しながら原告きみの様子を観察していたところ、その一〇分の九ほどの量を注入した段階で、原告きみが、被告岡崎に対し、右足が痺れた旨訴えたので、右施術を中断した。

(二) なお、被告和田の陳述書である〈証拠〉には、エンボライゼイション施術に使用した塞栓物質は、ゲルフォームを一ミリメートル立法に裁断した細片である旨及びエンボライゼイションにおいては、カテーテルの先端をできるだけ末梢側に進めた旨の記載があるが、右記載は、この施術を実際に担当した被告岡崎本人尋問の結果中のゲルフォームパウダーの溶解を使用したことを前提とするような供述と右気管支動脈の根元を塞栓すれば足りる旨の供述などに照らし、容易に信用できない。

三原告きみの障害、症状及びその原因

1  原告きみの障害及びその後の症状

(一) 請求原因2(五)のうち、原告きみがブラウンセカールド症候群を呈していた事実については当事者間に争いがない。

(二) そして、右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(1) 原告きみに対するエンボライゼイション施術後、原告きみには、下半身麻痺等の障害が発生し、薬物投与等の治療を行ったが、軽快せず、リハビリのために、昭和五八年一二月二八日まで市民病院に入院を継続したが、退院の際にも、両下肢の知覚は鈍麻し、温通感は脱失しているうえ、右股間節自動屈曲、膝関節屈曲、足関節背屈ができず、右下肢の筋力も著しく障害されているため、補助具を装着し、杖をもてばようやく不安定な歩行が可能な状態であって、昭和五九年二月九日には、静岡県から、両下肢機能障害(ブラウン・セガールド症候群)ということで、身体障害等級二級の認定を受けたが、その後症状は改善していない。

(三) なお、原告きみの血痰は、その後も完全に消失したわけではなく、昭和五九年七月、八月に各二回、翌六〇年二月に一回血痰が出ている。

2  原告きみの障害の原因

(一) 前記1において認定の事実、〈証拠〉及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認定できる。

(1) 原告きみの前記症状の直接的な原因としては、抽象的には、頭蓋内の病変ないし脊髄損傷が考えられるが、一般に、エンボライゼイションによって、前脊髄動脈や太い脊髄枝等に塞栓物質ないし造影剤を流入させ、脊髄への栄養供給を妨げた場合には、脊髄損傷が起こることがあるとされている。

(2) 原告きみには、頭蓋内の病変を招来するような既往症は認められず、発病後のCTの所見、症状を勘案しても、特に、頭蓋内の病変を窺わせるような事情はまったくなかった。

(3) 原告きみの障害が発生したのは、エンボライゼイションの施術中であって、これらの事実を踏まえ、原告きみに対してエンボライゼイション施術を担当した医師らも、原告きみの障害は、エンボライゼイションの施術によるものである可能性が最も高いと判断しており、市民病院の院長である島田恒治も、その証言において、同様の判断を示している。なお、被告島田市も、訴訟前における原告きみ側との交渉においては、原告きみの障害がエンボライゼイションの施術によるものであることを肯定していた。

(二) これらの事実を総合すると、原告きみの前記障害は、エンボライゼイションの施術によるものと経験則上推認するのが相当である。〈証拠〉には、原告きみの障害は、エンボライゼイションの施術によるものと医学的には断定できないとする供述部分があるが、もともと、法律上の因果関係は、必ずしも医学的な因果関係の断定を必要とするものではないから、右供述部分は、右推認を覆すに足るものではなく、また、〈証拠〉のとおり、原告きみの第一回入院時の造影結果には、前脊髄動脈が造影されていなかったとしても、気管支造影の際前脊髄動脈が必ず造影されるとは限らないほか、前脊髄動脈以外を通じて脊髄損傷を惹起することもありうることが認められるのであるから、右造影結果も、前記認定を覆すに足りないものというべきである。

四被告らの責任

1  エンボライゼイションの適応違反

(一) エンボライゼイションの意義及び一般的な適応・要約

(1) 請求原因3(一)(1)のうち、エンボライゼイションとはセルジンガー法によりカテーテルによって気管支動脈を造影したうえ気管支動脈を塞栓して止血する治療法である事実、エンボライゼイションの施術によって脊髄損傷をひき起こす危険がある事実、エンボライゼイションの施術によって一旦は塞栓した血管が経過によっては再疎通することがある事実については当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すると、以下の事実を認めることができる。

エンボライゼイションは、気管支動脈からの出血を止めるために行われるが、大腿を切開し、大腿動脈から、カテーテルを挿入し、大腿動脈等を通じて、気管支動脈の出血部位まで到達させ、そこで、カテーテルに造影剤及び造影剤に塞栓物質を混入させたものを注入し、気管支動脈を造影しながら塞栓することによって実施される。

しかし、エンボライゼイションの施術及びそれを行うために施術する気管支動脈造影術は、脊髄損傷をひき起こす危険があり、塞栓物質ないし一定の濃度をもった造影剤が、脊髄の栄養源となっている動脈及び脊髄枝等に混入し、養分供給を阻害した場合には、脊髄に対し損傷を与え、脊髄の支配している運動機能を不可逆的に奪うこともありうる。したがって、エンボライゼイションの施術を受ける患者が、先天的に気管支動脈または肋間動脈から脊髄動脈が出ている変種(このような脊髄動脈を「前脊髄動脈」という。外国文献では造影例中五パーセントあったとするものがあるが、日本においては、統計が実施できるほどの実例はなく、その発生割合は確定していない。)の場合には、気管支への造影剤ないし塞栓物質の注入によって、前脊髄動脈を塞栓し、脊髄への栄養供給を阻害することとなるので、エンボライゼイションの施術は禁忌とされるのが一般的見解であり、前脊髄動脈が存在しない場合でも、気管支動脈が肋間動脈から分岐している場合には、肋間動脈から分岐している脊髄枝に塞栓物質が混入し、その脊髄枝が、脊髄の重要な栄養供給源となっていると、それによって、栄養供給を妨げる危険があり、脊髄損傷の危険は否定できないものである。そして、脊髄損傷が生じるならば、不可逆的な運動障害が発生する危険もあり、それによって、半身不随等の障害が発生する例も多数報告されていた。

また、エンボライゼイションの施術によっても、それによって塞栓した気管支動脈の枝の横に血管が増生したり、その塞栓物質自体が溶解する等して、その場所が再疎通する可能性も低くなく、一か月程度で、再疎通した例もあるものであるから、エンボライゼイションの施術によって、永久的に喀血ないし血痰を防止できるとは限らないものである(前記のように、本件においても、エンボライゼイション実施後にも血痰をみたこともあった。)。

右のように、エンボライゼイションの施術には合併症の危険があり、施術後再疎通する可能性があるところから、エンボライゼイションが学会で発表された当時は、臨床医学上は、エンボライゼイションは、喀血の際の緊急的な措置ないし手術の適応がなく投薬によっても根治しない喀血に対する施術であると限定する見解が一般的であったが、その後、投薬によっても根治せず継続的に血痰が続く場合においても、エンボライゼイションの適応があるという見解も生れていた。

(2) なお、〈証拠〉には、最近の考えでは、喀血ないし血痰が止まっていても、再びその危険生がある場合にはエンボライゼイションは施行すべきであると考えられる旨の記載があるが、右記載は、極めて抽象的で、具体的な症例等を根拠とするものではなく、その作成者である人見滋樹教授のエンボライゼイションについての知見、施術経験なども明らかではなく、たやすく信用することはできない。

(二) 原告きみに対するエンボライゼイション施術の適応の有無

前記二の1、2の原告きみの病歴、第一回入院の経過、第一回入院退院後及び第二回入院の経過、前記四の1のエンボライゼイションの一般的な適応・要約に照らせば、原告きみには、一度の喀血及び断続的な血痰の症状があり、その原因であるとみられるところの気管支拡張症の所見が造影によって認められているので将来的には血痰が生じる可能性は否定できないものの、第一回入院中の三月二七日からエンボライゼイションの施術時の同年七月一四日までの約四か月間は、喀血ないし血痰の症状が認められなかったというべきであるから、前記エンボライゼイションの適応に関する臨床医学的知見のうち、最近の最も広く適応を認める見解に従い、投薬によっても根治せず、継続的に血痰が続く場合も適応があるとする臨床医学上の見解に依拠するとしても、原告きみについては、継続的な血痰という適応条件が欠けていたというほかはなく、原告きみに対するエンボライゼイションの施術は、その適応がないのになされたと解さざるを得ない。

2  説明義務違反の有無

また、仮に、臨床現場における医師が、継続的な血痰の症状がなくとも、将来的に血痰が出る可能性があれば、エンボライゼイションの適応があると判断することも医師の裁量内のものとして許容され、原告きみにはエンボライゼイションの適応があったと解し得るとしても、前記認定のように、エンボライゼイションの施術は、重篤な障害をひき起こすおそれがあるうえ、再疎通によって喀血の再発する可能性のある療法であるから、そのような施術をするに際しては、患者に対し、その施術方法の要約、合併症の危険及び再疎通の可能性等を充分説明したうえ、その施術についての同意を得ることが不可欠であるというべきところ、前記のように、原告きみに対してエンボライゼイションの施術をするにあたって、被告岡崎が第二回入院に際し、原告きみに対し、エンボライゼイションの施術方法の概略について説明したにすぎず、被告岡崎及びその他の医師も、その施術に伴う脊髄損傷の危険及び再疎通の可能性などについては全く説明していないというべきであるから、原告きみが、エンボライゼイションの施術をするについて、形式的には同意していたとしても、原告きみから適法な同意を得ていたものと解することはできないというべきである。

3  エンボライゼイションの施術方法

(一) エンボライゼイションの一般的な施術方法

(1) 請求原因3(三)(1)の柱書の事実、同3(三)(1)①ないし③、⑤の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に〈証拠〉を総合すると、脊髄動脈が気管支動脈ないし肋間動脈から派生していれば、エンボライゼイションの施術は禁忌であるから、気管支造影を行って、脊髄動脈が気管支動脈ないし肋間動脈から派生していないか否かを確認し、そのうえで、塞栓する位置を限定するため、出血部位を特定し、塞栓物質としては、脊髄に連なる微細な血管にまで容易に流入するゲルフォームパウダーの使用を避けるため、スポンゼルを1〜2ミリメートル立法に裁断した小片を用い、それを造影剤に混入して注入するようにするとともに、カテーテルは、挿入が不完全であれば、気管支動脈から分岐している肋間動脈を通じて、肋間動脈から派生している脊髄枝を塞栓し、それによって、脊髄に損傷を与える危険があるので、その先端は、出血部位と特定した気管支動脈の末梢まで進入させる必要があることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(2) ダブルカテーテルの方法

原告らは、エンボライゼイションの施術の際、造影剤の注入については、ダブルカテーテルの方法によることが必要であった旨主張するところ、〈証拠〉によれば、昭和五七年当時、臨床医学の分野では、気管支造影の際、全身的、局所的副作用の防止のためダブルカテーテルの方法が用いられた症例があったが、その操作技術が複雑、高度であるため、臨床医学上一般診療において用いられるにまで至っていなかったことが認められ、右認定に反する証拠はないから、原告きみに対しエンボライゼイションの施術をした際ダブルカテーテル方法を用いなかったとしても、臨床医学の実践における医療水準に従わない不適切な施術を行ったということはできない。

(二) 原告きみに対するエンボライゼイション施術の方法

前記のように、被告岡崎は、原告きみに対し、セルジンガー法によって、大腿動脈からカテーテルを挿入し、レントゲンで透視しながら、カテーテルの先端を右肺上葉の気管支動脈の根元の部分まで進め、そこでカテーテルを止め、造影物質及びそれに塞栓物質であるゲルフォームパウダーを溶かしたものを注入したものであり、気管支動脈の出血部位と特定した気管支動脈の末梢までカテーテルの先端を進めて造影物質及び塞栓物質を注入しなかったのであるから、原告きみに対するエンボライゼイションの施術上の手技にも不適切があったといわざるを得ない。

4  被告らの責任

ところで、被告和田及び被告岡崎は、医師として、業務上、患者である原告きみの診察及び治療に際し、その診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準に従い適切な治療行為を施して、その生命、身体を保護すべき義務があり、原告きみに対してエンボライゼイションの施術を行なうに際しては、その適応の有無を十分確認したうえ、原告きみに対し、その方法、効果及び合併症等について懇切丁寧に説明したうえ、その施術に対する適法な同意を得て、いやしくも脊髄損傷というような重篤な合併症をひき起こさないよう適切な方法で施行する義務があるというべきであるにもかかわらず、前判示のように、それらの義務をことごとく懈怠し、原告きみに対し、前記の障害を負わせたものであるから、民法七〇九条により、そのことによって生じた損害について、賠償する責任がある。

また、被告島田市は、原告きみとの診療契約に基づき、前示のような適切な治療を施し、その生命身体を保護すべき義務を負うべきものであるところ、前記のようにその職員たる被告和田及び被告岡崎がその義務に違反し、原告きみに対し、前記障害を負わせたものであるから、民法四一五条により、その義務違反によって生ずべき損害を賠償する責に任ずべきである。

五原告らの損害

1  原告きみの損害

(一) 入院治療に伴う損害 四五四万〇五九四円

(1) 休業損害 二五六万三五九四円

〈証拠〉によれば、原告きみは、昭和五七年七月当時、満五七才の女性であって、第一回入院前及び第一回入院の退院後第二回入院までの間は、特に職業には従事していなかったものの、原告保一郎の世帯において、家事手伝い、家業の茶業手伝い及び家業の味噌及び醤油醸造販売手伝いとして稼働しており、そのころは、結核ないし気管支拡張症については、小康状態にあり、軽度の労働には耐えられる程度であったと認めることができるから、エンボライゼイション施術及びその後の障害の治療による入院がなければ、第二回入院当初である昭和五七年七月七日から入院中の五四〇日間、軽い家事労働等には従事できたものと推認することができる。したがって、原告きみの右損傷は、昭和五七年度の産業別計、企業規模別計、女子平均賃金の八割を基礎として算定するのが相当というべく、その額は、計算上、次式のとおり、二五六万三五九四円となる。

216万6000円×0.8÷365日×540日=256万2594円

(2) 付添人費用 一五九万九〇〇〇円

前記のように、原告きみは、昭和五七年七月一四日のエンボライゼイションの施術によって両下肢機能の障害者となったものであるから、それ以降入院中の五三三日間は、介護は不可欠であったものと認められるところ、〈証拠〉によると、現実には親族等が付き添ったと認められるから、その障害は、一日あたり三〇〇〇円程度と認めるのが相当である。したがって原告きみの付添人費用の損害は、次式のとおり、一五九万九〇〇〇円となる。

三〇〇〇円×五三三日=一五九万九〇〇〇円

(3) 入院雑費 三七万八〇〇〇円

前記のように、原告きみは、五四〇日間入院したが、弁論の全趣旨によれば、右入院期間中一日当たり雑費として七〇〇円程度を支出したものと推認することができるので、原告きみの入院雑費支出による損害は、次式のように、三七万八〇〇〇円が相当である。

七〇〇円×五四〇日=三七万八〇〇〇円

(二) 後遺障害に伴う損害 一三二五万〇三二六円

(1) 装身具代 五万一二四〇円

〈証拠〉によると、原告きみは、歩行のための装身具の購入のため五万一二四〇円自己負担したことが認められるところ、前記の原告きみの障害からすると、右は、本件医療事故と相当因果関係のある損害といえる。

(2) 住居改造費 二〇〇万円

〈証拠〉によると、原告きみは、風呂、トイレ及び階段の手摺等の住居の改造費として二〇〇万円支出したと認められるところ、前記原告きみの障害からすると、右は、本件医療事故と相当因果関係のある損害といえる。

(3) 逸失利益 一一一九万九〇八六円

原告きみの前記の稼働状況からすると、原告きみの逸失利益は、昭和五七年度の産業別計、企業規模別計、五五才から五九才までの女子平均賃金の八割を基礎としたうえ、稼働期間を退院時から八年間、労働能力喪失率を原告きみの前記の症状からして一〇〇パーセントと評価するのが相当であるから、ライプニッツ方式により中間利息を控除して算出すると、逸失利益は、次式のとおり、一一一九万九〇八六円となる。

216万6000円×0.8×100%×6.463=1119万9086円

(三) 慰藉料 一五〇〇万円

前記の原告きみの病状、本件医療事故の態様等を斟酌すると、原告きみの精神的苦痛を慰藉するには、一五〇〇万円が相当である。

(四) 弁護士費用 二〇〇万円

弁論の全趣旨によると、原告きみは、本件訴訟の追行を委任するに際し、原告代理人らに対し、相当額の報酬を支払う旨約したものと推認されるところ、本件事案の内容、原告代理人らの訴訟活動、審理の経過等を斟酌すると、本件医療事故と相当因果関係のある弁護士費用の損害は二〇〇万円をもって相当と認める。

(五) 損害総額

以上を合計すると、原告きみの損害は、合計三四七九万〇九二〇円となる。

2  原告保一郎の損害

(一) 慰藉料 二〇〇万円

前記のように、原告保一郎は、原告きみの実兄であって、長年の間、原告きみと同居して生計を共にしているうえ、原告きみの前記障害は、前記のように死にも比すべき重篤なものであるから、原告保一郎も、民法七二二条の類推適用により、固有の慰藉料を請求し得るものと解するのが相当であるところ、前記認定の原告きみの障害の内容、程度、原告保一郎と原告きみの身分関係等に照らせば、原告保一郎の精神的苦痛を慰藉するには二〇〇万円をもってするのが相当である。

(二) 弁護士費用 二〇万円

弁論の全趣旨によると、原告保一郎は、本件訴訟の追行を委任するに際し、原告代理人らに対し、相当額の報酬を支払う旨約したところ、本件事案の内容、原告代理人らの訴訟活動、審理の経過等を斟酌すると、本件医療事故と相当因果関係のある弁護士費用の損害は二〇万円をもって相当と認める。

(三) 諸経費

原告保一郎は、諸経費として一〇〇万円を請求するが、その主張する諸経費の支出による損害についてはそれを立証するに足りる証拠はない。

(四) 損害総額 二二〇万円

以上を合計すると、原告保一郎の損害は、合計二二〇万円となる。

六結語

以上のとおり、原告らの本訴請求は、被告らに対し、連帯して、原告きみが三四七九万〇九二〇円、原告保一郎が二二〇万円及びそれらに対する債務不履行ないし不法行為の後であることの明らかな昭和五八年一二月二九日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合の遅延損害金の支払を求める範囲で理由があるが、その余は理由がないというべきである。

(乙事件)

一請求原因1、2の事実については当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、原告保一郎と被告仲田は、第二回入院に際し、被告島田市に対し、原告きみの入院費用を責任をもって支払う旨約したことが認めることができる。

二そして、〈証拠〉、並びに弁論の全趣旨によると、被告島田市は、原告きみとの診療契約に基づき原告きみに対して治療を施し、請求原因4の(一)ないし(五)の治療費を要したことが認められる。

しかし、まず、右治療費のうち、(一)については、前記のように、原告きみに対するエンボライゼイション施術がその適応がなく、しかも原告きみの適法な同意がないのに行われたものであるから、右診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準に従った医療が行われたものと解することができず、診療契約上の診療義務の適切な履行があったとはいえないから、被告島田市は、原告きみに対し、右治療費を請求することができないものと解するのが相当である。

また、(二)、(四)、(五)の費用については、原告きみに対する不適切な治療行為によって生じた原告きみの障害に対する治療及び看護等のために必要となった費用であり、被告島田市が原告きみに対する損害賠償として自ら負担すべき性質のものというべきであるから、右治療費を請求することができないものと解するのが相当である。

三そこで、治療費免除の抗弁について判断するに、〈証拠〉には、右抗弁にそうがごとき供述、記載があるが、それも、原告保一郎が市民病院の島田恒治院長から明確に治療費を免除する旨の意思表示を受けたとするものではなく、自分としては、そのように受け取ったとするにすぎないものであるから、右供述、記載をもってしては、到底、右抗弁事実を認めるに足りず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。

四したがって、被告島田市は、原告きみ、原告保一郎及び被告仲田に対しては、(三)の結核に関する治療費二三二〇円を請求することができるにすぎないものというべきである。

(結論)

以上の次第であるから、甲事件については、原告らの請求のうち、被告らに対し、連帯して、原告きみが三四七九万〇九二〇円、原告保一郎が二二〇万円及びそれらに対する債務不履行ないし不法行為の後であることの明らかな昭和五八年一二月二九日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容するが、原告らのその余の請求は理由がないからこれを棄却するものとし、乙事件については、原告きみ、原告保一郎及び被告仲田に対し、連帯して、被告島田市が二三二〇円及びこれに対する履行期の後であることの明らかな昭和五八年一二月二九日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容するが、その余の請求は理由がないからこれを棄却するものとし、訴訟費用については、民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条を、仮執行宣言については、同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官小林登美子 裁判官水野有子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例